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たそがれマンション 1


 日東光洋園マンションの第36回通常総会は先ほど始まったが、例年のシャンシャンとは趣が違って、なんだか雲行きが怪しくなってきた。
定時に始まり開会宣言の後、資格審査も無事終わり、業務報告・会計報告・監査報告等々特に質問もなく、参加者の一人二人の〈異議なし〉の声に押されて、理事長である議長はすぐさま「えー それでは賛成多数ですので、第4号議案は承認されました。ありがとうございました」
 261戸の組合員のうち60人が出席していた。淡々と議事は進んだ。

 ところが、第5号議案の管理規約の一部変更について、副理事長が説明しはじめると、会場がざわついてきた。
説明が終わるのを待ちかねたように、一番前列の左端に座っていた森川育蔵が挙手して立ち上がった。  

 「この規約の変更はなんのためにするのですか?この案では工事の入札に当たって、各応札者の見積書を必ず理事会の席で開封することとなっていますが、最高責任者である理事長がひとりで開けて何が不味いのですか?」
 議長の光吉が戸惑っていると、隣に座っている副理事長の片山がチラッと議長を見て立ち上がった。                   
「それは常識でしょう!理事長にそれ程の権限はないと思いますよ。理事ひとりひとりがそれぞれの意見を出し合って、それを纏めるのが理事長の立場だと思いますよ。理事長なんてそんなもんです!今まで明記が無かったために時の理事長が理事会の前に独りで開封して、あらぬ噂がたったことがあったようですね。そんなことを聞くのも嫌ですし、この際はっきりしといた方が良いんと違いますか!」
 片山は自信満々に答えた。噂のあった森川への当てつけのつもりだった。

 誰もがそれで終わりと思ったが、森川は違った。今度は方向を変えて攻めてきた。
「それは分かりました。それなら管理委託業者の選定はどうしてこれに入れないのですか?管理会社はいつまでも六甲さんでいくということですか?六甲さんがいいとか悪いとか言うてる訳じゃないですよ。全て金に関わることは数社で見積もりしてもらい、入札にしたらどうですか?」
六甲・・・という管理会社の社員や管理人が会場の隅で待機しているので、少し遠慮がちではあったが、はっきりとした口調で言った。
 森川は負けていなかった。皴だらけの陽に焼けた顔で周囲を見回しながら、片山以上に自信満々だった。以前、片山が理事長をした時、六甲が紙袋を持って片山の部屋を訪ねていたという噂が出たことがあった。

『六甲』というのは六甲建物管理株式会社といって、日東光洋園マンションが建った当初から36年にわたって管理を委託されている、マンション専門の管理会社である。なにせ永く付き合いがあると色々噂が出るもので、〈本社の偉いさんが、誰某理事長のところに紙袋を持って行った〉とか、〈あの三役と六甲の偉いさんがどこそこで一緒に飲んでいた〉などと、あまりいい話は聞かない。
 最近の噂の主役はもっぱら森川育蔵だった。森川はそれで逆に強気に出て、自分は潔白だと思わせたかったのかもしれない。〈やるんならやってみろ、打ち合いになって大怪我をしても知らんぞ‼〉そんなつもりだったかもしれない。

 そうこうしているうちに、60人出席していた組合員の中に森川に賛同するものも出てきた。〈もう少し練り直した方がいい〉などと言い出すものもあり、会場は収拾がつかない状態になってきた。確かに出された内容はあまり誉められたものでは無かった。片山と光吉は慌てた。5号議案は廃案になりそうになった。

 その様子を黙ってみていた組合員のひとり山口幸治が右の三列目から立ち上がった。
「議長!理事会でいろいろ議論されて出された議案でしょう!委任状はどうするんですか?理事会に任せたと、委任状を提出した多くの組合員の意思はどうするんですか?採決をとってください!」
 山口は命令口調で光吉と片山に詰め寄った。いや、怒っているふりをした。
 その声につられたのか〈そうだ、そうだ。採決しろ‼〉山口の近くに陣取っていた2、3人が怒鳴り声を上げた。
 実は、光吉と片山は総会の二週間前に、山口と他に二、三人の懇意な人に森川対応を相談していた。森川が理事会にいろいろと注文を付けるので何とかしたいということだった。その相談を受けて〈任せとき、わしらが応援するから。どんどん進めたらええから!〉そんなことがあった。

 議長は急に元気になって、「それでは、いろいろご意見もありましょうが、採決させていただきます。賛成の方、挙手ねがいます。」
 参加組合員60人のうち手を挙げたのはたった21人だった。理事長・副理事長・山口をはじめ議案への賛同者はがっくりきた。26人の理事はどうしていたのだろうか?後で判ったことだが、理事の中にも反対に回った者が多くいたと知った。〈理事が反対?理事会でいったい何を検討したのだ!〉山口たちは呆気にとられた。
 委任状も出さず出席もしない組合員が23人、委任状で反対した組合員が5人、結局委任状での賛成173、出席して賛成21で合計194の賛成にとどまった。たった2票の不足だった。
〈委任状も出さず欠席した23人は無責任すぎる。〉山口幸治は割り切れなかった。なんの音沙汰もない者を分母に入れるのはどうしても納得がいかなかった。だが、今ここでどうこう言っても始まらないと思い、それ以上口を開かなかった。規約の改正は組合員総数の4分の3の賛成が必要という壁は高かった。
 
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